不動産営業マンが「売主のために」動いていると思っている方は多いでしょう。もちろん、そうあるべきです。しかし報酬の仕組みを知ると、営業マンの行動原理が売主の利益と必ずしも一致しないことが見えてきます。
このページでは、不動産営業マンの給与体系・インセンティブ構造を具体的に解説し、その構造がどのように「囲い込み」や「価格操作」につながるのかを明らかにします。業界批判が目的ではありません。構造を知ることで、売主として正しい判断ができるようになることが目的です。
不動産営業マンの給与体系
不動産仲介の営業マンの給与体系は、大きく分けて3つのパターンがあります。
| 体系 | 特徴 | 多い会社タイプ |
|---|---|---|
| 固定給+歩合 | 基本給(月20〜30万円程度)+成約に応じた歩合給 | 大手・中堅仲介会社 |
| フルコミッション | 固定給なし(または最低保証のみ)。仲介手数料の30〜50%が報酬 | 独立系・少人数の仲介会社 |
| 固定給のみ | 歩合なし。賞与や昇給で業績反映 | 一部の地場不動産会社・買取再販会社 |
← 横スクロールできます →
最も多いのは「固定給+歩合」です。基本給で生活の最低ラインを確保しつつ、成約件数と手数料額に応じて歩合が上乗せされます。この「歩合」の部分が、営業マンの行動に大きな影響を与えます。
歩合の計算方法
一般的な歩合制では、営業マン個人が稼いだ仲介手数料の合計から一定の「基準額」を引き、残額の10〜30%が歩合給として支払われます。基準額は月100〜200万円程度に設定されていることが多く、この額を超えなければ歩合はゼロ。超えた分だけ収入が増える仕組みです。
「片手」と「両手」— 報酬が倍になる仕組み
不動産仲介の手数料は、売主側と買主側のそれぞれから受け取ることができます。
片手仲介(単独仲介)
売主側の不動産会社と買主側の不動産会社が異なるケース。自分の会社は売主(または買主)の一方からのみ手数料を受け取ります。これが本来あるべき姿です。売主の代理人と買主の代理人がそれぞれの利益を代表し、交渉を行います。
両手仲介(双方代理)
1つの不動産会社が売主と買主の両方を担当するケース。仲介手数料を売主・買主の双方から受け取れるため、同じ物件で手数料収入が2倍になります。
3,000万円の物件の場合
同じ1件の取引で、片手なら105.6万円、両手なら211.2万円。営業マン個人の歩合にも直結するため、「自分で買主も見つけたい」という強い動機が生まれます。
両手仲介そのものは違法ではない
両手仲介は日本では禁止されていません(アメリカの多くの州では禁止または制限されています)。問題は両手仲介そのものではなく、両手仲介を実現するために他社からの問い合わせを排除する「囲い込み」です。結果として売主は、より高く買ってくれたかもしれない買主と出会う機会を奪われます。
具体例で見る報酬の差
営業マン個人の手取りにどのくらいの差が出るのか、具体的に計算してみます。
| 片手仲介 | 両手仲介 | |
|---|---|---|
| 物件価格 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 会社の手数料収入 | 105.6万円 | 211.2万円 |
| 営業マンの歩合手数料の20%と仮定 | 約21万円 | 約42万円 |
← 横スクロールできます →
1件の取引で約21万円の差。月に2件の取引をする営業マンであれば、年間で約500万円の差になります。この金額は、営業マンの行動を変えるのに十分すぎるインセンティブです。
しかも、両手仲介にはもう一つの「旨味」があります。自社で買主を見つければ買主側の交渉も自分でコントロールできるため、成約までのスピードが速いのです。片手の場合は相手方の不動産会社との調整が必要ですが、両手なら社内で完結します。短期間で成約→次の案件に移れるため、年間の成約件数も増やしやすくなります。
ノルマと評価制度が行動を決める
多くの不動産仲介会社には、月次または四半期ごとの売上ノルマがあります。このノルマの設計が、営業マンの行動をさらに歪める原因になっています。
ノルマの典型的な構造
大手仲介会社の営業マンには、月200〜300万円(手数料ベース)程度のノルマが課されるのが一般的です。3,000万円の物件を片手で仲介した場合、手数料は105.6万円。月のノルマを達成するには、片手なら月2〜3件、両手なら月1〜2件の成約が必要です。
「今月あと1件足りない」という状況が、営業マンの行動を決定的に変えます。
ノルマ未達のプレッシャー
ノルマを達成できない月が続くと、上司からの叱責、配置転換、昇給停止、最悪の場合は退職勧奨につながることもあります。このプレッシャーが、「高く売る」よりも「早く決める」を優先する行動を生みます。
月末に急かされたら要注意
「今月中に値下げしないと売れなくなる」「今月中なら買い手がいる」——月末になると急に焦り始める営業マンがいます。売主の物件にとって本当に「今月中」が重要なのか、それとも営業マンのノルマの締め日が近いだけなのか。冷静に見極める必要があります。
売主の利益と営業マンの利益が衝突するとき
インセンティブ構造を理解すると、売主と営業マンの利益が衝突する場面が具体的に見えてきます。
場面①:他社経由の買主を断る
他社から「3,200万円で買いたいお客様がいます」と問い合わせがあっても、自社の顧客に「3,000万円で」と紹介したい場合、他社の問い合わせを「もう申し込みが入っています」と嘘をついて断る。これがいわゆる「囲い込み」です。売主は知らないうちに200万円を失っています。
場面②:早期値下げを勧める
「相場は3,500万円だが、3,000万円にすれば早く決まる」と値下げを急かす。営業マンにとっては、3,500万円で2ヶ月かけて売るよりも、3,000万円で2週間で売る方が効率がよい。手数料の差は約16万円ですが、浮いた時間で別の案件を回せます。
場面③:特定の買主に誘導する
自社が買主側の仲介もできる顧客を優先的に紹介し、条件が良くても他社の顧客を後回しにする。または、自社の買取再販部門に安値で買い取らせ、再販で利益を二重に取る。
すべての営業マンがこうではない
誤解のないように強調しますが、誠実に働いている営業マンは大勢います。問題なのは、不誠実な行動をとっても発覚しにくく、むしろ報酬として報われてしまう「構造」です。個人の誠実さに依存するのではなく、構造的に利益相反が起きにくい仕組みを選ぶことが、売主にとっての最善策です。
売主ができる5つの防衛策
営業マンのインセンティブ構造を知ったうえで、売主として何ができるかを整理します。
① レインズの登録状況を自分で確認する
レインズ(不動産流通標準情報システム)に自分の物件が正しく登録されているか、「取引状況」が「公開中」になっているかを確認できます。専任媒介契約・専属専任媒介契約の場合、不動産会社は売主にレインズの登録証明書を交付する義務があります。記載されたIDとパスワードで、自分の物件のステータスを直接確認できます。
② 他社からの問い合わせ件数を定期的に聞く
「他の不動産会社からの問い合わせは何件ありましたか?」と定期的に確認してください。物件を公開しているのに問い合わせがゼロというのは、価格が相場から大きく外れているか、囲い込みが行われているかのどちらかです。
③ 一般媒介を選ぶ
一般媒介であれば複数の不動産会社に同時に売却を依頼できます。1社に囲い込まれるリスクがなくなる反面、各社の販売活動が手薄になる可能性もあるため、一長一短です。
④ 「両手率」を聞いてみる
その不動産会社の取引のうち、両手仲介の割合がどの程度かを聞いてみましょう。両手率が極端に高い会社(70%以上など)は、囲い込みを日常的に行っている可能性があります。
⑤ 会社選びの段階で構造を見る
営業マン個人の人柄だけでなく、その会社の報酬体系・評価制度がどうなっているかを見てください。「両手仲介を推奨していない」「囲い込み禁止を社内ルールにしている」「販売状況を売主に開示している」——こうした仕組みを持つ会社であれば、構造的に売主の利益を守りやすくなります。
インセンティブ構造を変える方法はあるか
業界全体のインセンティブ構造を一朝一夕に変えることは難しいのが現実です。しかし、個々の会社のレベルでは変えることができます。
Base-upでは、営業マンの評価に「両手率」を使いません。片手であろうと両手であろうと、売主にとって最善の結果を出した取引を高く評価します。囲い込みが発覚した場合は厳正に対処します。
また、全物件の販売状況(レインズ登録状況・他社からの問い合わせ件数・内覧数)を売主に定期報告し、情報の非対称性をできる限り解消することを徹底しています。
こうした取り組みは、短期的には会社の手数料収入を減らすことになります。しかし、売主の信頼を得て紹介が増えることが、長期的には会社の成長につながると考えています。
「営業マンを責めても構造は変わりません。個人の誠実さに頼るのではなく、誠実に動いた方が評価される仕組みを作る。それが私たちの考える『正直な不動産会社』です」
Base-up 臼杵 昇平