1棟アパートや1棟マンションの売却は、区分1室の売却とは全く別の世界です。買い手は「あなたの物件に住みたい人」ではなく「あなたの物件で稼ぎたい投資家」。判断基準は利回りとキャッシュフロー、つまり「数字」だけです。
このページでは、1棟もの収益物件を持つオーナーが出口戦略を考えるために必要な知識を、福岡市の実務に基づいて解説します。
区分1室と1棟もの——売却の決定的な違い
| 項目 | 区分1室 | 1棟もの |
|---|---|---|
| 価格帯 | 500万〜3,000万円 | 3,000万〜数億円 |
| 買い手の層 | 個人投資家が中心 | 法人・資産家・ファンドも参入 |
| 融資の難易度 | 比較的容易 | 金融機関の審査が厳しい |
| 査定の基準 | 近隣の成約事例 | 収益還元法(利回り逆算)が中心 |
| 成約までの期間 | 1〜3ヶ月 | 3〜6ヶ月(場合によりそれ以上) |
| 売主の手間 | 比較的少ない | レントロール作成・修繕履歴整理・テナント対応等 |
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最大の違いは「査定の方法」です。区分1室は近隣の成約事例で価格が決まりますが、1棟ものは収益還元法——「この物件は年間いくら稼ぐか」から逆算して価格が決まります。
買い手が見る3つの数字
① 表面利回り(グロス利回り)
年間家賃収入÷物件価格×100。買い手が最初にチェックする数字ですが、これだけでは実態は見えません。
表面利回りの計算例
② 実質利回り(ネット利回り)
年間家賃収入から管理費・修繕積立金・固定資産税・火災保険・管理委託料などの経費を引いた「手取り」で計算したもの。買い手が本当に重視するのはこちらです。
実質利回りの計算例
③ レントロール(賃貸借一覧表)
全室の家賃・共益費・敷金・契約期間・入居年月を一覧にしたもの。1棟もの売却で最も重要な書類です。買い手はこの表を見て、家賃の適正性、空室リスク、入居者の質を判断します。
福岡市の1棟もの利回り水準(2025年・目安)
RC造マンション(築15〜25年):表面5.5〜7.5%程度。木造アパート(築10〜20年):表面7.0〜10.0%程度。中央区・博多区の駅近は利回りが低くても買い手がつく一方、郊外は高利回りでも融資がつかないケースがあります。
満室 vs 空室——どちらが本当に有利か
これは1棟オーナーが最も気にする論点です。結論から言うと、ケースによって全く異なります。
満室で売るメリット
収益力の証明になる。満室のレントロールは「この物件はちゃんと稼いでいる」という最強のエビデンス。買い手は購入直後から家賃収入を得られるため、融資審査でも有利です。
満室で売るデメリット
既存テナントの家賃が相場より低い場合、売却価格の足を引っ張る。長期入居者の家賃が相場より月5,000円低い部屋が8室あれば、年間で48万円のマイナス。利回り計算では、この48万円が売却価格を数百万円下げることがあります。
空室がある方が有利になるケース
空室を「リフォーム後に相場家賃で入居付けできる余地」として評価する買い手がいます。築古物件で家賃が低い既存テナントばかりの「満室」より、空室をリノベーションして相場家賃で埋められる「稼働率80%」の方が、将来の収益力が高いと判断される場合です。
売却のために無理な入居付けをしない
「満室にしてから売った方が高く売れる」と考え、売却前にフリーレント(家賃無料期間)や大幅な値下げで空室を埋めるオーナーがいます。しかし、買い手はレントロールの入居日を見ます。直前に一斉入居した形跡があれば「売るために無理に埋めた」と見抜かれ、むしろ評価が下がります。
Base-upの見解
満室か空室かより重要なのは「レントロールの健全性」です。適正な家賃で、安定した入居者が入っているか。私たちは現状のレントロールを分析した上で、「このまま売るべきか」「一部リフォームしてから売るべきか」を含めた出口戦略をご提案しています。
買い手は誰か——1棟ものの購入者像
1棟ものの買い手は大きく3つに分かれます。買い手の「属性」によって、売り方が変わります。
| 買い手の属性 | 価格帯 | 重視するポイント |
|---|---|---|
| 個人投資家(サラリーマン投資家含む) | 3,000万〜1.5億円 | 融資が通るか。キャッシュフローがプラスか。管理の手間が少ないか |
| 不動産業者(転売・建替え目的) | 幅広い | 土地としての価値。容積率を使い切っているか。取壊し+新築の事業性 |
| 法人・資産家 | 1億円超 | 節税効果(減価償却)。資産の分散。相続対策としての活用 |
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福岡市の場合、県外(特に関東圏)の投資家からの引き合いが増えています。東京に比べて利回りが高く、人口増加による空室リスクの低さが評価されているためです。ただし、県外の買い手は現地を見ずに判断するケースもあるため、レントロールや修繕履歴の整備がより重要になります。
1棟もの収益物件の出口戦略、
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売却タイミングの判断基準
1棟ものの出口戦略は「いつ売るか」が全て。以下の5つの判断基準を使ってください。
① 減価償却が切れるタイミング
木造アパートの法定耐用年数は22年。減価償却が終わると帳簿上の利益が増え、税負担が急増します。「デッドクロス」(ローン元金返済が減価償却費を上回り、帳簿上は黒字なのに手元にキャッシュが残らない状態)が近づいたら、売却を真剣に検討すべきです。
② 大規模修繕の前
屋根・外壁・給排水管の大規模修繕は1棟あたり数百万円〜1,000万円以上。修繕前に売却すれば、その費用を回避できます。ただし、買い手は修繕費を見込んで指値してくるため、「修繕前に売れば得」とは限りません。
③ 金利環境
金利が低い時期は買い手の融資が通りやすく、高値で売れる傾向があります。金利上昇局面では買い手の購買力が低下するため、「金利が上がりきる前」が売却の好機です。
④ 入居率が高い時期
レントロールの入居率が高い状態で売りに出すことが重要。退去が相次いでから慌てて売ると、空室の多いレントロールが買い手に不安を与え、値下げ交渉の材料にされます。
⑤ 所有期間5年超(税率の境目)
不動産の譲渡所得は、所有期間5年以下(短期)で約39%、5年超(長期)で約20%。この差は極めて大きい。売却年の1月1日時点で所有期間が5年を超えているか、必ず確認してください。
「所有期間5年」は取得日ではなく1月1日起算
2020年4月に取得した物件を2025年5月に売却しても、2025年1月1日時点では「4年9ヶ月」。短期譲渡として約39%の税率が適用されます。2026年1月2日以降の売却なら長期譲渡(約20%)。この数ヶ月の差で税額が数百万円変わります。
1棟ものの売却で注意すべき税金
1棟ものは売却金額が大きいため、税金の影響も大きくなります。特に以下の3点に注意してください。
① 譲渡所得税と住民税
売却益に対して、短期(5年以下)約39%、長期(5年超)約20%。計算には取得費(購入価格から減価償却費を差し引いた額)を正確に把握する必要があります。
② 消費税(事業用不動産の場合)
個人が事業として賃貸している1棟もの場合、建物部分に消費税がかかる可能性があります。前々年の課税売上高が1,000万円を超える場合、課税事業者として消費税の納税義務が生じます。
③ 法人オーナーの場合
法人が所有する収益物件の売却益は法人税の対象。個人と違い所有期間による税率の差はありませんが、他の事業損益との通算が可能です。売却のタイミングは法人の決算期を考慮して決定します。
売却の流れと準備
1棟ものの売却は、居住用不動産とは準備の量が全く異なります。以下の書類・情報を事前に整備してください。
売却前に準備すべき書類
レントロール(全室の家賃・敷金・契約期間・入居年月)、修繕履歴(過去の修繕内容と費用一覧)、管理委託契約書、固定資産税の納税通知書、確認済証・検査済証、登記簿謄本、建築図面、損益計算書(直近3年分)。これらが揃っていれば、査定の精度が格段に上がり、買い手への信頼性も高まります。
1棟ものの売却は「物件を売る」というより「事業を引き継ぐ」に近い行為です。買い手は購入後すぐに賃貸経営を開始するため、物件の収支状況・テナントの情報・管理体制がクリアであるほど、高値かつスムーズに取引が進みます。
「1棟ものの売却で最も大切なのは"数字の透明性"です。レントロールと修繕履歴を正直に出すこと。隠したい数字があっても、買い手のデューデリジェンスで必ず発覚します。最初から全てをオープンにするオーナーの物件は、買い手の信頼を得やすく、結果的に高く売れます」
Base-up 臼杵 昇平