定年退職を迎えると、これまで当たり前だった「毎月の給与」がなくなります。退職金と年金で生活を組み立て直す中で、多くの方が向き合うことになるのが「この家、持ち続けるべきか」という問いです。
住宅ローンは完済していても、固定資産税、修繕費、保険料といった「持っているだけでかかるお金」は続きます。子どもが独立し、夫婦2人には広すぎる家。将来の介護や相続のことも気になる。「売るべきか、住み続けるべきか」——このページでは、その判断基準を整理します。
持ち続けることの「見えないコスト」
「ローンを完済したから、もう家にお金はかからない」——これは誤解です。持っているだけで発生する年間コストは、思っている以上に大きい。
一戸建て(築25年・福岡市東区)の年間維持費目安
年間60〜90万円。10年で600〜900万円。年金生活の中で、この金額は軽くありません。特に一戸建ては築年数が進むほど修繕費が増える傾向にあり、外壁塗装(80〜150万円)、屋根の葺き替え(100〜200万円)、給湯器交換(20〜40万円)など、突発的な出費も発生します。
マンションの場合は修繕積立金と管理費が毎月かかり、築年数が経つほど値上がりする傾向があります。管理費・修繕積立金だけで月3〜4万円というケースも珍しくなく、年間にすると36〜48万円。これに固定資産税を加えると、やはり年間50〜70万円の維持費が必要です。
「住み続ける」にもお金がかかる
不動産は「資産」ですが、同時に「費用が発生する資産」でもあります。退職後の家計では、この維持費が年金収入に対してどれくらいの割合を占めるかが重要な判断基準になります。年金の手取り月額が20万円の場合、維持費だけで月5〜7万円(25〜35%)を使うことになります。
売却を検討すべき5つのサイン
「売るべきかどうか」は、最終的にはご自身の判断です。ただし、以下のサインに2つ以上当てはまるなら、一度真剣に検討する価値があると私たちは考えています。
家の広さを持て余している
子どもが独立し、夫婦2人で4LDK以上の家に住んでいる。使わない部屋の掃除や管理に時間と労力を取られている。「広さ」が快適さではなく負担になっているなら、ダウンサイジングを検討するタイミングです。
修繕費が増え始めている
築20年を超えると、設備の交換や修繕が頻繁に発生し始めます。「去年は給湯器、今年は外壁」と毎年のように修繕費が出ていく状態なら、今後10年でいくら修繕費がかかるかを計算してみてください。その金額と売却後の家賃を比較する価値があります。
車の運転に不安を感じ始めた
郊外の一戸建てで車が前提の生活をしている場合、いずれ運転をやめる日が来ます。そのとき、徒歩圏にスーパー・病院・公共交通機関がなければ、日常生活に支障が出ます。運転に不安を感じ始めた段階で、駅近のマンションへの住み替えを考えるのは合理的な選択です。
退職金が目減りしている
退職金を生活費の補填に使い始め、残高が減ってきている。不動産を現金化することで、老後の生活資金に余裕を持たせることができます。不動産は「いつか売る」と思っていても、実際に売却までには3〜6ヶ月かかります。余裕があるうちに動くことが重要です。
子どもが「実家はいらない」と言っている
相続する予定の子どもが、すでに自宅を購入していたり、福岡を離れていたりする場合、この家は将来「空き家」になる可能性が高い。自分が元気なうちに売却して現金化しておく方が、子どもにとっても負担が少なくなります。
まずは「今売ったらいくらになるか」を
知ることから始めてみませんか
売却を決めていなくても査定は受けられます。
現在の資産価値を把握するだけでも、
判断の材料になります。
退職後の売却と税金
自宅を売却した場合、利益(譲渡所得)に対して税金がかかります。ただし、自宅の売却には強力な税制優遇が用意されています。
3,000万円特別控除
自宅(居住用財産)を売却した場合、譲渡所得から最大3,000万円を控除できます。たとえば、30年前に2,000万円で購入した家を3,500万円で売却した場合、譲渡所得は約1,500万円ですが、3,000万円控除を適用すれば税金はゼロになります。
控除には期限があります
住まなくなった日から3年目の年末までに売却しないと、3,000万円特別控除は使えなくなります。「いずれ売る」と思って先延ばしにすると、この控除の期限を過ぎてしまうリスクがあります。施設への入居や住み替えを検討している場合は、特に注意が必要です。
所有期間10年超の軽減税率
所有期間が10年を超える自宅を売却した場合、3,000万円控除を適用した後の譲渡所得6,000万円以下の部分に対して、通常の約20%ではなく約14%の軽減税率が適用されます。定年後の売却は多くの場合、所有期間が10年を超えているため、この特例が使えるケースが多いです。
退職後は所得が少ない=税負担が軽い
退職後は給与所得がなくなるため、所得税の総額が下がります。不動産売却の譲渡所得は分離課税(他の所得とは別に計算)ですが、住民税や健康保険料には影響するため、収入が少ない退職後のタイミングで売却する方が、全体的な税負担は軽くなる傾向があります。
いつ売るか — タイミングの考え方
「元気なうち」が最大の条件
不動産売却には、内覧の立ち会い、書類の準備、契約手続き、引っ越しなど、体力と判断力が必要です。70代後半になってからの売却は、身体的にも精神的にも大きな負担になります。「まだ元気だから大丈夫」と思っている60代のうちに動くことが、最も合理的なタイミングです。
市場の状況を見すぎない
「もう少し待てば値上がりするかも」——この考えは危険です。不動産市場は上がることもあれば下がることもあり、完璧なタイミングで売ることはプロでも困難です。自分の生活設計上「今売るのが合理的か」を基準にする方が、後悔のない判断ができます。
認知症になったら売れなくなる
不動産の売却には、売主本人の「意思能力」が必要です。認知症が進行して意思能力が認められなくなると、不動産は事実上「凍結」されます。成年後見人を立てれば売却は可能ですが、家庭裁判所の許可が必要で、手続きは複雑かつ時間がかかります。「元気なうちに」という判断は、この点でも極めて重要です。
相続を見据えた判断
退職後の不動産売却を考える際、「相続のこと」は避けて通れません。自分の死後、この家をどうするか。子どもたちに負担をかけないために、生前にできることは何か。
不動産は「分けにくい」資産
現金なら相続人の間で均等に分けられますが、不動産はそうはいきません。子どもが2人いて自宅を相続する場合、片方が家を相続し、もう片方が不動産の評価額相当の現金を受け取る必要があります。現金が足りなければ、結局売却することになる。それならば、自分が元気なうちに売却して現金化し、分けやすい状態にしておく方が、子どもたちの負担は確実に軽くなります。
「空き家にしない」ための判断
子どもたちが相続した家に住む予定がない場合、その家は空き家になります。空き家は管理しなければ急速に劣化し、固定資産税も継続的にかかります。特定空き家に指定されれば、固定資産税の軽減措置が外れ、税額が最大6倍になる可能性もあります。
生前整理としての不動産売却
近年、「生前整理」「終活」の一環として不動産を売却する方が増えています。子どもに負担をかけたくない、自分の判断で始末をつけたい——そうした考えから、60代のうちに自宅を売却してコンパクトなマンションに住み替える方も少なくありません。これは後ろ向きな判断ではなく、家族のことを考えた前向きな選択です。
売却以外の選択肢
売却だけが正解ではありません。状況によっては、他の選択肢が適しているケースもあります。
リースバック
自宅を売却した上で、そのまま賃貸として住み続ける方法です。現金化しながら引っ越しの必要がないのがメリットですが、家賃が発生し、買取価格は通常の売却より低くなる傾向があります。「住み慣れた家を離れたくない、でもお金が必要」という場合の選択肢です。
賃貸に出す
自宅を賃貸に出し、自分はコンパクトな賃貸マンションに移る方法です。家賃収入を得ながら不動産を保有し続けることができますが、入居者募集、修繕対応、確定申告などの管理業務が発生します。管理会社に委託すれば手間は減りますが、手数料(家賃の5〜10%)がかかります。
家族信託の活用
将来の認知症に備えて、子どもに不動産の管理・処分権限を事前に委託する方法です。信託契約を結んでおけば、万が一認知症になっても子どもの判断で売却できます。ただし、信託契約の作成には専門家(司法書士・弁護士)のサポートが必要です。
どの選択肢にも「期限」がある
売却にも、賃貸にも、家族信託にも、共通して必要なのは「本人の判断能力」です。体力と判断力があるうちに情報を集め、選択肢を比較し、自分で決める。これが、退職後の資産整理で最も大切なことです。「まだ早い」と思っているうちが、実は最適なタイミングです。
「定年後のお客様から『もっと早く相談すればよかった』という声を本当によくいただきます。売る・売らないはともかく、今の自宅がいくらで売れるのかを知っているだけで、老後の生活設計が具体的になります。査定は無料ですし、売却を強制することは一切ありません。『知ること』から始めてみてください」
Base-up 代表 久保 塁