「売るか、貸すか」——不動産を手放すかどうか迷ったとき、多くの方がこの二択で悩みます。

「家賃収入が入るなら、売らずに持っておいたほうが得なのでは?」と考えるのは自然なことです。しかし、賃貸経営には見えにくいコストとリスクがあり、「貸したほうが得」とは限りません。

この記事では、福岡市内の典型的な物件を想定し、「売った場合」と「貸した場合」の10年間の収支を数字でシミュレーションします。感覚ではなく、数字で判断するための材料をお伝えします。

10年間の収支シミュレーション

以下の条件で「売った場合」と「貸した場合」を比較します。福岡市内で実際にありうる、ごく一般的なマンションを想定しています。

シミュレーション条件

物件: 福岡市中央区・築18年・3LDK(75㎡)のマンション
現在の売却想定価格: 3,000万円
住宅ローン残債: なし(完済済み)
想定家賃: 月額12万円(年間144万円)
10年後の売却想定価格: 2,400万円(年1.5〜2%の下落を想定)

売った場合の手取り

3,000万円で売却した場合、手元に残る金額を計算します。

仲介手数料: 3,000万円 × 3% + 6万円 + 消費税 = 約105.6万円

印紙税: 1万円

登記費用抵当権抹消等): 約2万円

譲渡所得税: マイホームの場合、3,000万円特別控除を適用できるため、多くの場合ゼロ。

手取り額: 約2,891万円

売却すれば、この金額が一括で手元に入ります。ここがポイントです。住み替え資金・老後資金・ローン返済など、まとまった資金がすぐに使えます。

貸した場合の10年間の収支

同じ物件を賃貸に出した場合の10年間の収支を見ていきます。「家賃12万円×12ヶ月×10年=1,440万円」と単純計算したくなりますが、実際はそうなりません。

収入(10年間)

家賃収入(総額): 月12万円 × 12ヶ月 × 10年 = 1,440万円

ただし、10年間ずっと満室が続くわけではありません。入退去のたびに1〜3ヶ月の空室期間が発生します。10年間で2回の入退去があったとすると、空室期間は合計4〜6ヶ月。空室率を5%と見込むと、実質的な家賃収入は約1,368万円です。

支出(10年間)

管理委託費: 家賃の5%(月6,000円)× 120ヶ月 = 約72万円。管理会社に入居者対応・集金・トラブル処理を委託する費用です。

修繕費・設備交換: 10年間でエアコン交換(15〜20万円)、給湯器交換(15〜25万円)、壁紙張替え2回(各15〜20万円)、ハウスクリーニング2回(各5〜8万円)。合計で約80〜110万円

管理費・修繕積立金: マンションの管理費+修繕積立金は自分が住んでいなくても毎月かかります。月2.5万円 × 120ヶ月 = 300万円

固定資産税・都市計画税: 年間約15万円 × 10年 = 150万円

入居者募集費用(広告費): 入退去のたびに家賃1〜2ヶ月分。2回で約24〜48万円

所得税・住民税: 家賃収入は不動産所得として課税されます。経費を差し引いた後の利益に、所得税率(他の所得と合算)がかかります。年収500万円の給与所得者の場合、追加の税負担は年間約15〜25万円。10年間で約150〜250万円

10年後の売却

10年間貸した後に売却するとします。築28年のマンションの想定売却価格は2,400万円。ここから仲介手数料等(約85万円)を差し引いた手取りは約2,315万円。なお、10年後の売却は3,000万円特別控除が使えない可能性があります(賃貸に出すと「マイホーム」の要件を満たさなくなるため)。その場合、譲渡所得税が別途かかります。

シミュレーション結果の比較

10年間の収支まとめ

【売却】今すぐ売った場合
手取り: 約2,891万円(一括)

【賃貸】10年間貸してから売った場合
家賃収入(実質): 約1,368万円
支出合計: ▲約776〜930万円
差引き家賃利益: 約438〜592万円
10年後の売却手取り: 約2,315万円
合計: 約2,753〜2,907万円(10年かけて分散)

この条件では、10年間貸した場合のトータル収支は、今すぐ売った場合とほぼ同じか、やや下回ります。

「貸したほうが得」と感じる方もいるかもしれませんが、上記の数字には重要なポイントがあります。

売却は「確定した金額」、賃貸は「見込みの数字」です。賃貸のシミュレーションには「10年間ずっと入居者がいる」「家賃が下がらない」「大きな修繕が発生しない」「10年後に2,400万円で売れる」という前提があります。どれか一つでも崩れると、数字は大きく変わります。

賃貸経営の「見えにくいリスク」

シミュレーションでは織り込みきれない、賃貸経営特有のリスクがあります。

空室リスク

入居者が退去したあと、次の入居者がすぐ見つかるとは限りません。福岡市は賃貸需要が比較的強いエリアですが、築年数が古くなるほど入居者はつきにくくなります。空室が半年続けば、それだけで72万円の機会損失です。

家賃下落リスク

築年数が進むと家賃の相場は下がります。月12万円で貸せていた物件が、5年後には10.5万円、10年後には9万円——ということは十分にあり得ます。家賃下落を加味すると、10年間の家賃収入は上のシミュレーションよりさらに低くなります。

滞納リスク

入居者が家賃を滞納するケースは一定の確率で発生します。保証会社を入れていれば立替えてもらえますが、最終的に退去させるまでに数ヶ月かかることもあります。

原状回復トラブル

退去時の原状回復費用をめぐってトラブルになることがあります。とくにペット飼育による損傷やタバコのヤニ汚れは、国土交通省のガイドラインでは「借主負担」ですが、実際には交渉が難航することも少なくありません。

物件価値の下落

10年後の売却価格を2,400万円と想定しましたが、これはあくまで現時点からの予測です。景気の変動、金利の上昇、エリアの人口減少などにより、想定以上に下落する可能性もあります。逆に値上がりする可能性もありますが、それは売却でも同じことが言えます。

管理の手間 — 大家業は意外に大変

収支の数字だけでは見えないのが「管理の手間」です。管理会社に委託しても、最終的な判断はオーナーが行う必要があります。

入居者の審査。「この人に貸して大丈夫か?」の判断を毎回求められます。

設備故障への対応。エアコンが壊れた、水漏れが起きた——入居者からの連絡は待ってくれません。対応が遅れると退去の原因にもなります。

退去時の立会い・原状回復の判断。どこまでを借主負担にするか、修繕範囲をどうするかの判断が必要です。

確定申告。不動産所得は毎年確定申告が必要です。収支の記録、経費の仕分け、減価償却の計算など、慣れていないとかなりの負担になります。

「管理会社に丸投げすればいい」と思うかもしれませんが、管理会社は判断を代行してくれるわけではありません。「エアコンを交換しますか?」「家賃の値下げ交渉が来ていますが、どうしますか?」——こうした連絡は定期的に届きます。遠方に住んでいる場合、この負担は特に大きくなります。

売却と賃貸の税金の違い

売却と賃貸では、かかる税金の種類がまったく異なります。

売却の場合

譲渡所得税が一度だけかかります。ただし、マイホームであれば3,000万円特別控除が使えるため、多くの場合、税負担はゼロかごく少額です。利益が3,000万円を超える高額物件でない限り、税金の心配はほぼ不要です。

賃貸の場合

家賃収入は不動産所得として毎年課税されます。給与所得と合算されるため、給与収入が高い人ほど税率が高くなります(最大55%)。10年間の累計で見ると、かなりの税負担になるケースがあります。

さらに重要なのは、賃貸に出した後に売却すると、3,000万円特別控除が使えなくなる場合があるということです。控除の要件は「住まなくなった日から3年以内に売ること」。3年を超えて賃貸を続けた後に売却する場合、譲渡所得に対して約20%(所有期間5年超)の税金が追加でかかります。

3,000万円特別控除のタイムリミット

「いずれ売るつもりだけど、しばらく貸しておこう」——この判断をする場合、3年以内に売るかどうかが大きな分岐点になります。3年を超えてしまうと、仮に1,000万円の利益が出た場合、約200万円の税金が追加で発生します。「貸している間の利益」が「失う控除額」を上回るかどうか、事前にシミュレーションしておくことが重要です。詳しくは「3,000万円特別控除 完全ガイド」をご覧ください。

売却が向いている人

まとまった資金が必要な場合。住み替え資金、老後の生活資金、ローンの返済など、一括でまとまった金額を手にしたいなら売却一択です。

遠方に住んでいる、または今後住む予定がある場合。転勤・移住・親の介護などで物件から離れる場合、遠隔での賃貸管理は負担が大きくなります。

管理の手間を負いたくない場合。大家業に興味がない、本業が忙しい、ストレスを避けたい——こうした方は、売却してスッキリしたほうが精神的にも楽です。

築年数が古く、今後の修繕費が増える見込みの場合。築20年を超えると、給排水管・外壁・エレベーターなどの大規模修繕が控えています。マンションの場合は修繕積立金の値上げも見込まれます。「持ち続けるコスト」が増え続けるなら、今のうちに売却するほうが合理的です。

相続の負担を減らしたい場合。不動産のまま相続すると、相続人の間で分割しにくく、トラブルの原因になります。現金化しておけば均等に分けられます。

賃貸が向いている人

将来また住む可能性がある場合。転勤が一時的で、数年後に戻ってくる見込みがあるなら、売らずに定期借家契約で貸すのが合理的です。

賃貸需要が非常に高い立地の場合。天神・博多駅徒歩圏のワンルーム〜1LDKなど、空室リスクが極めて低い物件は、賃貸経営の採算が取りやすい傾向があります。

不動産投資の知識・経験がある場合。確定申告の手続き、修繕計画の立案、入退去対応——これらを自分で判断・実行できる方であれば、賃貸経営は選択肢になります。

ローン返済中で売却しても残債が残る場合。売却代金でローンを完済できない「オーバーローン」の場合、一時的に賃貸に出してローンを返済しながら時機を待つという判断もあり得ます。ただし、住宅ローンのまま賃貸に出すことは原則として契約違反になるため、金融機関への相談が必要です。

よくある質問

Q. 一戸建てを貸すのはマンションより難しいですか?

一般的に、一戸建ては賃貸の需要がマンションより限られます。とくにファミリー向けの一戸建ては、借り手が「それなら買う」という判断をすることが多いため、空室期間が長くなりがちです。また、外壁・屋根・庭の管理など、マンションにはない維持費も発生します。一戸建てを「貸すか売るか」で迷っている場合は、売却のほうが有利なケースが多いです。

Q. 「サブリース」(家賃保証)は安心ですか?

サブリースとは、不動産会社が物件を一括で借り上げて家賃を保証する仕組みです。空室リスクがなくなるメリットはありますが、保証される家賃は相場の80〜90%で、さらに2年ごとに見直し(減額)されるのが一般的です。「30年間家賃保証」と言われても、保証額が下がり続ければ赤字になることもあります。サブリース契約は解約が難しい場合もあるため、安易に契約しないでください。

Q. 住宅ローンが残っていても貸せますか?

原則として、住宅ローンが残っている物件を賃貸に出すことはできません。住宅ローンは「自分が住む」ことを条件に低金利で借りているため、賃貸に転用すると契約違反になります。転勤などやむを得ない事情がある場合は、金融機関に事前に相談すれば認められるケースもありますが、金利の引き上げや一括返済を求められる可能性もあります。

Q. まず貸して、様子を見てから売ることはできますか?

可能ですが、3年以内に売却しないと3,000万円特別控除が使えなくなる点に注意してください。控除が使えなくなると、譲渡所得に対して約20%の税金が追加でかかります。「様子を見る」つもりが、結果的に数百万円の税負担増になることがあります。

Q. 査定は「売る場合の査定」と「貸す場合の査定」を両方受けられますか?

はい、私たちBase-upでは売却の査定とあわせて、「貸した場合の想定家賃」「10年間の収支試算」もお出しすることができます。数字を見たうえで「やっぱり売らない」という判断でもまったく問題ありません。売却を迷っている段階でのご相談こそ、私たちが一番お力になれるタイミングです。

「『とりあえず貸しておこう』は、実は一番危険な判断です。3,000万円特別控除のタイムリミット、築年数の経過による価値下落、管理の手間——これらを正しく理解したうえで判断すれば、後悔のない選択ができます。数字でお見せしますので、まずはご相談ください」

Base-up 久保 塁